ビジネス法務用語の基礎知識

連載第1回 宮本啓之

今月号より、「ビジネス法務用語の基礎知識」の連載を開始します。この連載では、ビジネスの現場で出会うことの多い(主として英語の)「法務用語」について、単に言葉の意味だけでなく、その言葉の背景やビジネスの現場での使われ方、今後のトレンドなども取入れて、ご紹介したいと考えています。取り上げる用語については、当初は基礎的な用語にフォーカスしますが、徐々に時代の流れを反映したものを取り上げ、皆さんのリクエストや、質問にも極力応えて行きたいと考えています。

"Agreement" と "Contract"

第1回目の今回は"Agreement" と"Contract" をテーマとして、法務実務における用語の理解の一例をご紹介します。"Agreement" と "Contract" は、同じ意味なのでしょうか、それとも、異なった意味なのでしょうか? どちらも契約書のタイトルとして同じように使われることも多く、大した差がないようにも見えますが、「使われ方により、同じ意味にもなる一方、異なった意味にもなる」 が正解です。

 まず 「同じ意味」 とは、「契約書のタイトル」 に使われる場合が正にそれで、「2人以上の者の間で締結された、権利・義務関係を生じさせる合意、またはそれを記載した書面」 という意味です。通常、我々が目にする「契約書」とは、正にこの定義に当てはまるもので、この意味においては、"Agreement" も "Contract" も同じ意味であると、理解してよいでしょう。

 一方、「異なった意味」 の場合とは、何でしょうか? 米国のロースクールや法務実務でよく使われ、信頼されている Black's Law Dictionary の "Agreement" の項には、"Although often used as synonymous with "contract", agreement is a broader term; e.g. an agreement might lack an essential element of a contract." ("Agreement" は "Contract" の同義語としてよく使われているが、"Contract" よりおおまかな用語である。例えば、"Agreement" には "Contract" の重要な構成要素が欠けている場合もある。)と説明されています。つまり、"Agreement" は、「契約」 という意味ではなく、一般用語としての 「当事者間の合意」 という意味で使われることもあり、この 「当事者間の合意」 とは、「法的に契約とは評価されない合意」 である場合もあり、これは 「"Contract" とはならないが、"Agreement" にはなる場合がある」 という意味です。この 「"Contract" の重要な構成要素」 とは、英米法において伝統的に、契約が成立するために必要とされる "Consideration" (「約因」。この言葉にはなかなか馴染みがないかも知れませんが、ここでは 「契約を有効とする為の要件とされるもので、お互いに相手方に対して対価性のある義務を負うという約束」 と理解して下さい。)が無い場合等をいいます。

 このように、一見同じように使われている用語であっても、使われ方次第でその意味するところは大きく変りますので、法務実務の現場では、常にその言葉が使われている文脈はもちろんのこと、「その言葉が含まれている書面に関する Governing Law(準拠法)上の解釈ではどのような意味を持つべきか」 を検討の上、内容を理解しなければなりません。また、用語によっては、ビジネスの内容、会計・税務等隣接分野の理解等により、初めて理解出来るものも少なくないため、これらの点にも気を配ることが大切となります。

(参考文献)
①『英米商事法辞典[新版]』((社)商事法務研究会)
②『英米法辞典』(東京大学出版会)
③Black's Law Dictionary (West Publishing, Co.)

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